「漫画家 藤子不二雄Ⓐ先生 お別れの会」開催


2022年4月に88歳で亡くなった漫画家藤子不二雄Ⓐ先生のお別れ会が開かれました。

会場には20代の若い世代から年配の方まで、幅広い年代の人々が数多く集まりました。昭和から平成、令和と時代が変わっても、先生の作品が愛され続けてきたことが分かります。喪服の方、仕事終わりにそのまま来た方、先生のキャラクターのぬいぐるみを抱いている方など。参加した方の先生への想いが伝わってくるような温かみのある会になりました。

漫画家 藤子不二雄Ⓐ先生のプロフィール

藤子不二雄Ⓐ先生(ふじこ・ふじお・えー)(本名・安孫子素雄=あびこ・もとお)
生年月日:1934年3月10日(享年88歳)
出身地:富山県
出身校:富山県立高岡高等学校
【お別れ会 詳細】
日時:2022年10月31日(水)
2部構成(関係者/一般)

漫画家 藤子不二雄Ⓐ先生は1934年、富山県氷見市に生まれました。小学5年生の時に同県の高岡市に引っ越し、藤子・F・不二雄先生と同じクラスになります。手塚治虫先生に憧れた二人はともに漫画家を目指し、1951年に高校生ながら、毎日小学生新聞の連載『天使の玉ちゃん』でデビューします。

一度は漫画家を諦めて新聞社に勤務しますが、藤子・F・不二雄先生に誘われ、二人で上京。東京都豊島区のトキワ荘に住み、多くの仲間たちと切磋琢磨しながら漫画を描く生活を送りました。1964年に週刊少年サンデーで連載が始まった『オバケのQ太郎』は、初のアニメ化もされますが、藤子不二雄最後の共作となり、1987年にはコンビを解消しました。

その後、藤子・F・不二雄先生の『ドラえもん』『パーマン』など子ども向けの作品が多いのに対して、藤子不二雄Ⓐ先生はブラックユーモアや怪奇物を得意とし大人の悲哀を感じさせる作品やエッセイも多く執筆しました。

誰もが知る人気キャラクターが勢ぞろい

お別れの会の会場内は『怪物くん』『忍者ハットリくん』『プロゴルファー猿』など、先生のアニメの主題歌が流れ、明るい雰囲気に包まれていました。広々とした会場にはほぼ等身大の先生の人形をはじめ、愛用のゴルフグッズや洋服などの私物が展示され、訪れた人が食い入るように眺めていました。



その隣には様々な作品が生みだされてきた先生のデスクが再現されています。デスクの上には「スタジオ用完全版※使ったら必ず元に戻すこと!」と書かれた色鉛筆が置かれ、スタジオでの仕事風景が思い浮かぶようです。


さらに奥へ進むと、小学校の同級生で1987年までコンビを組み、1996年に亡くなった藤子・F・不二雄先生をはじめ日本を代表する多くの漫画家を生みだした東京都豊島区のトキワ荘の仕事部屋が再現されたコーナーがありました。



会場内でひときわ目を引いていたのが『笑ゥせぇるすまん』に登場する喪黒福造とBAR魔の巣です。無口な「見ざる・聞かざる・言わざる」のマスターとグラスを持った喪黒福造と一緒に写真撮影ができるようになっていました。また、隣にはまるで本物のようなBAR魔の巣の入口外観が再現され、こちらも同じく多くの方が撮影を楽しんでいました。



並びには『怪物くん』『忍者ハットリくん』『プロゴルファー猿』の世界に入りこんだような写真を撮影できるパネルも設置されており、トリックアートのような趣向でファンを楽しませていた。

白を基調とした花で飾られた祭壇に献花

展示スペースをぬけて、隣の会場に向かいます。高さ3メートル、幅18メートルある大きな祭壇の中心に飾られているのは、先生が69歳の時に撮影されたというモノクロ写真です。左手で軽くほおづえをつき、トレードマークの薄いサングラス姿の凜々しい表情は私たちが知る先生の印象そのものです。

遺影の周りにはバラ、トルコキキョウ、スプレーマムなど白をベースにした1万本の花が彩り、遺影の両側では『怪物くん』『忍者ハットリくん』『プロゴルファー猿』などアニメの主題歌映像が無音で流れていました。音はなくとも、わたしたちの心の中にそれぞれのメロディーや歌声が響いてくるようでした。

祭壇が置かれた会場の入口で真っ白なカーネーションが1人1本ずつ手渡され、祭壇に向かって献花することができました。献花台は多くのファンが同時に献花できるほど広く、幼い頃に慣れ親しんだアニメを長いこと眺めていたり、先生の遺影をじっくり眺めていたりと。みなさんそれぞれに、たっぷり時間をかけて先生との最期のお別れをされていました。



お別れ会の出口ではお一人様1組ずつ4枚組のポストカードが記念に配られました。『怪物くん』『忍者ハットリくん』『プロゴルファー猿』『笑ゥせぇるすまん』。どれも色のコントラストが強い、藤子不二雄Ⓐ先生らしさのある劇画を思わせるイラストでした。

お別れの会には著名人約200人が出席

お別れの会は二部構成で行われ、午前中は友人や関係者など約200人が出席しました。親交のあった方々のコメントは以下の通りです。

漫画家・永井豪氏

「ゴルフとお酒でご一緒するようになった。あんないい先輩いない。もうお会いできないのが本当につらい。(飲むときは)自分がヘトヘトになって帰ろうとしても“次、銀座行くぞー”と。歩くスピードがハンパなく速く、ついていくのが大変だった。」

漫画家・ちばてつや氏

「藤子不二雄Ⓐさんはお亡くなりになっても、先生の「マンガ道」はまだまだこれからもずーっとずーっと続いていきます。さびしいけど、高いところから見守っていて下さいね(合掌)」

漫画家・つのだじろう氏

「駆け出しの頃からずーっと、つるんでたからね。さみしい思いはある。“ごくろうさん”と声をかけた」

漫画家・森田まさのり氏

「僕は『まんが道』を読んで漫画家を志したんです。藤子先生の通りにやってきました。小学生の時に友だちと合作したり、中学で原稿を持って出版社まわりしたり。当時は先生の仕事場スタジオゼロ、つのだじろう先生のところ、虫プロにも行って原稿を見てもらいました。先生の通りに道をなぞって漫画家の道が開けてきました。おかげでこうして漫画家になれました。先生には感謝しかないです」

作家・京極夏彦氏

「僕はお酒を飲まないし、ゴルフもしない。他の方々とは違う付き合い方だった。純然な読者と漫画家、あるいは先生は日本推理作家協会の会員でしたので会員同士という関係でした。(酒場やゴルフ場での接点はないが)お会いするたびに声をかけて下さって、うれしかった。僕は熱心な読者で作品の話をよくしました。そしていつも『新作を描いてください』と、最後にお会いした時もお願いしました」

落語家・林家木久扇氏

「心から尊敬していました。(藤子さんの実家の寺で「落語会」を開催するなど親交を深めたので)もういっぺん先生のお寺で、先生とご一緒にお酒をのみたいな」

俳優・石坂浩二氏

「誠実でまじめな方だったと思う。飲むことも、あらゆることを真面目に、生きるのに一生懸命だった気がします」

俳優・武田鉄矢氏

「Ⓐ先生は怪物くん並みに元気よくて。結構酔っぱらっているんですが、タクシー呼んで夜のちまたに出撃しようと。全員に命じられるが、誰も行く元気がなかった。先生のみ元気だった」

タレント・中川翔子氏

「先生は『しょこたん』と気さくに笑顔で『まんが道』当時の話や、先生の誕生日会では『まんが道』のチューダーを直々につくってくださり、生で〝ンマ~イ〟を披露していただきました。本当に明るくて優しくて、誰よりも元気いっぱいでした。朝からゴルフに行って、美容院に行って、お家に帰ってそこから銀座に飲みに行く。超人的な体力を目の当たりにしてきました。コロナで人と人が触れ合うのが難しくなり、また行きたいね、といっていただいたのにも関わらず…すごく悔いが残っています。もう一度お会いしたかった。コースターに喪黒福造を描いていただいたものを毎日見ていて、いまだに先生がいなくなってしまったのが信じられません」

ソフトバンク球団会長兼特別チームアドバイザー王貞治氏

「本当に楽しく人生を歩まれていましたよね。僕らみたいに数字で答えが出る世界と違って、自分で描いたモノを表現できるということで、私はうらやましくて。僕から見たら非常にすばらしい、常に夢を追っている人生だったと思うので、良い人生を歩まれましたねをお別れの言葉としました」

※※本会につきましては弊社『Story』の施行ではなく、当日会場にて取材をさせていただき作成した記事になります。※※

 

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