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井内監督との最初の仕事は、魔神英雄伝ワタルでした

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井内監督との最初の仕事は、魔神英雄伝ワタルでした/インタビュー

「魔神英雄伝ワタル」をはじめとした多くの作品を手がけた井内秀治監督のお別れ会。開催にあたりご尽力いただいた方々の中で近藤信宏氏(㈱ブリッジ取締役)、佐藤弘幸氏(㈱サンライズ 部長)に、監督との思い出話や当日の感想を伺いました。


Storyのお別れ会で

「井内さんと別れのけじめ」が

つけられました。

 

 

ーー井内さんとはどのようなご関係だったのですか?

近藤さん

もう30年ちかくなると思います。お互いにフリーでアニメの制作に関わってきました。先輩の演出家の紹介でファミレスで出会いました。お互いに背中合わせに座っていて、たぶんあの方かなと思っていたのですが、なかなか言い出せなくて(笑)。

日本TV系列の「魔神英雄伝ワタル」というシリーズの番組化が決まり、井内さんが監督で僕が演出に加わったのが最初の仕事です。

ーー井内さんのお人柄についてお聞かせ願えますか?

近藤さん

井内さんはシャイで人見知りされる方でしたから、初対面の方にはまったくしゃべらない。飲ませるとバレるのですけど中身はお茶目な方です。そういう理由で、誰か知っている人が側にいた方がいいということで、僕が重宝されました。普通、アニメ制作には演出家が4~5人つきます。井内さんの作品作りの特徴は非常にオーソドックスで、派手さはありません。映画よりはテレビ作品に向いていると思います。そして泣かせが上手い。アメリカ映画というよりはヨーロッパ映画のようにこじゃれた感覚を持ち合わされていました。

そんな井内さんなんですけど、当時は独身貴族を謳歌されていました。年に数度は広尾のフランス料理店に一人で行かれて、ハイソな雰囲気にあこがれていたようです。

ーー井内さんの作品作りの特徴と人柄はどうでしたか?

近藤さん

井内さんは良質な子供向け作品作りをされていました。子供って下品なことも好きじゃないですか。そういうのは嫌っていました。そして大人が観ても楽しい作品でした。そういえば、舞台もされていて、やはりハートウォーミングな作品を作られていました。

井内さんは独善的というやり方ではなくみんなで作るという方式でした。スタッフがいるのだからみんなを信用してまかせる。当時はいいメンバーがそろっていたと思います。そして現場に余裕があった。ある意味正しい作品作りができていた。

スタッフとアメリカに行ったことがあるんです。遊園地が大好きでディズニーランドでは一番年齢が上なのに率先してジェットコースターの乗るんです。子供みたいなところがありました。

 

彼が変わってきたのは、二人で会社を作ってから5、6年ほど経過してからでした。まわりが相対的に若くなってからです。土日になると会社でつまみなんかを買ってきて酒飲み始めるのです。ビールからはじまり日本酒、ワインとなんでもありにみたいになりました。そんなことがあってだんだん大勢で騒ぐのが好きになり、酒量も増えていったと思います。明るいお酒でしたね。

 

ーーなぜ「お別れ会」を企画されたのですか?

佐藤さん 

サンライズとしても井内さんはとても大切な人でした。関係者の方々からはご葬儀に行けなかったので、「お別れ会、やらないの?サンライズがやらないのだったら俺がやる」とおっしゃる方もいらして、みなさん気持ちの落ち着け場所を探されていました。井内さんはフリーの監督さんではありましたが、サンライズの監督として夢いっぱいのオリジナル作品を作られ、そこに関わった人達が今度は新たな監督となっての作品を生み出していくという「創造の連鎖」を作られたことからも、とても慕われたクリエイターといえると思います。

 

近藤さん

「葬儀」について我々はほとんど知らされておりませんでした。最後までシャイな方でしたから、僕も亡くなる1ケ月ほど前に、仕事をお願いしようと思って電話をしたんです。そうしたら「また入院するから今はダメなんだ」と言われる。それが最後でした。業界の人はほとんど知らなかったのです。

 

佐藤さん

一般の葬儀よりは故人に寄り添ったものを考えました。そこでネットで鎌倉新書さんの「storyのお別れ会」を知りました。私たちのような特殊な仕事をやっている人間は「お別れ会」みたいなことに慣れていません。そこでstoryのスタッフの方が親切に相談にのっていただき、開催できたと思います。

一番苦労したのは招待者の名簿作り。現役で仕事されている方もおりますし、リタイアされている方もいます。連絡をつけるのが最後まで苦労いたしました。招待状も綺麗な封筒でstoryの方が用意してくれ、発送までやっていただけました。これは助かりました。僕らは、まず会場ありきだったのです。会社の近くでもある荻窪の公会堂でと決めていました。

 

ーー内容はいかがでしたか?

近藤さん

会費についてはいろいろあります。ただ、会全体としてはトントンでした。供花という形で支援していただいた方もおりました。ただ、若い方にはちょっと高かったかもしれません。でも、多くの参加者にしてみれば適正と考えていただけたみたいです。

ぼくは最近、井内さんとちょっと間があいていたのです。でもその間、「美味しんぼ」(サンライズの近所の居酒屋)のマスターとか、たくさんの方と繋がっていたことをお別れ会で知ることができました。これは嬉しかったです。

 

佐藤さん

葬儀がどうあるべきかわかりませんが、皆さん、「とても良かった」と言っていただけました。中央の祭壇が「創界山」で、持ち帰りたいという方もいました。(注、アニメ「魔神英雄伝ワタル」のシンボル的存在の山)

祭壇の前で記念写真を撮るということは普通の葬儀では考えられませんからね。

近藤さん

楽しかったですね。会場に張らせていただいたアルバムも、世代によっては見たことがないものがたくさんありました。改めて井内さんの世界を再認識できたと思います。僕らは井内さんのお墓がどこにあるのかも知りません。Storyのお別れ会で、みなさん「井内さんと別れのけじめ」がつけられたのではと思います。

(文 小柴 康利)

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